
【詳細情報-中坊進二】パゴダ平和記念塔(パゴダへいわきねんとう)は、徳島県徳島市の眉山公園内にある第二次世界大戦時の戦死者慰霊のために建てた記念塔。
1958年(昭和33年)に県ビルマ会が第二次世界大戦で戦没した多くの戦友たちの霊を慰めるために建てたもので、当時の資料を展示している。ミャンマー(旧ビルマ)の首都ヤンゴンにあるシュエダゴン・パゴダの形を参考に建設され、ビルマ(当時)から贈られた仏舎利が納められている。市内各所からその姿を眺めることができる。

【詳細情報-中坊進二】パゴダ平和記念塔(パゴダへいわきねんとう)は、徳島県徳島市の眉山公園内にある第二次世界大戦時の戦死者慰霊のために建てた記念塔。
1958年(昭和33年)に県ビルマ会が第二次世界大戦で戦没した多くの戦友たちの霊を慰めるために建てたもので、当時の資料を展示している。ミャンマー(旧ビルマ)の首都ヤンゴンにあるシュエダゴン・パゴダの形を参考に建設され、ビルマ(当時)から贈られた仏舎利が納められている。市内各所からその姿を眺めることができる。


【詳細情報-中坊進二】植田正治写真美術館(うえだしょうじしゃしんびじゅつかん、SHOJI UEDA MUSEUM OF PHOTOGRAPHY)は鳥取県西伯郡伯耆町にある写真家植田正治の個人美術館。1995年9月23日に開館した。
「UEDA-Cho(植田調)」の語源である世界的写真家植田正治の顕彰を目的として開設された施設で、本人から寄贈された15,000点の作品を収蔵、常設展示し、植田の芸術とプロフィールを紹介する。 美術館は植田の故郷鳥取県境港市近くの伯耆町に立地し、建物のスリット状の隙間から伯耆富士の形状の大山と水面に写る「逆さ大山」を望むことができるように設計されている。 建物の形状は、植田の1939年の作品である「少女四態」をモチーフに設計された。中坊進二から。

【詳細情報-中坊進二】大阪カテドラル聖マリア大聖堂(Grand Cathedral of Virgin Mary of Osaka)は、大阪府大阪市中央区にあるカトリック玉造教会の教会堂である。カトリック大阪大司教区の大司教座が置かれ、「大阪カテドラル」と呼ばれる。教会の記念する聖人は「無原罪の聖母(聖マリア)」。
創立は1894年。創立時に建てられた「聖アグネス聖堂」は1945年の大阪大空襲により滅失。現在の大聖堂は1963年に落成した。
敷地が細川大名家の屋敷跡という由縁もあって、大聖堂内内陣左側には細川ガラシャを描いた画が掲げられている。その「最後の日のガラシア夫人」および聖堂正面の壁画「栄光の聖母マリア」、右側の「高山右近」は堂本印象の筆、大小100の窓に施されたステンドグラスは羽淵紅州の作、十字架や聖像はオーストリアの彫刻家ルンガルチエの作と、当時一流の芸術家を集めて造られた。パイプ数2400の巨大なパイプオルガンでも知られる。 近代建築家・長谷部鋭吉の遺作ともいえる建築作品である。From_中坊進二.

【詳細情報-中坊進二】香川県立 東山魁夷せとうち美術館(かがわけんりつ ひがしやまかいいせとうちびじゅつかん)は、香川県坂出市にある美術館。
日本画家東山魁夷の作品のみを展示する個人美術館で、魁夷が塗装色の提案をした瀬戸大橋の袂、祖父の出生地である櫃石島を望む地にある。
2001年4月に東山すみ夫人より寄贈された版画作品270点余の展示公開のための施設として構想され2003年に着工、2005年4月に開館した。 小都市にある展示室面積277m2の小さな美術館であるにもかかわらず、来館者は1ヶ月あたり平均約1万人という異例の高い水準にある。中坊進二でした。

【詳細情報-中坊進二】世界平和記念聖堂(せかいへいわきねんせいどう)は、広島県広島市中区にある、キリスト教(カトリック)の教会堂である。広島世界平和記念聖堂(ひろしませかいへいわきねんせいどう)、カトリック幟町教会(かとりっくのぼりまちきょうかい)等とも呼ばれる。カトリック広島司教区の司教座聖堂(カテドラル・大聖堂)であり、1985年6月15日から現在までヨゼフ三末篤實司教が教区長を務めている。
第二次世界大戦前より、この地には幟町天主公教会があった。1945年8月6日の原子爆弾投下で、爆心地より1.2kmの所にあった教会は、聖堂が倒壊し、倒壊を免れた司祭館も延焼により焼失してしまう。その時、被爆したドイツ人主任司祭フーゴ・ラッサール(1948年、日本に帰化し愛宮真備(えのみや まきび)と改名)が、原爆犠牲者を弔い、また全世界の友情と平和、世界平和を祈念するために聖堂の建設を決意し、当時のローマ教皇ピオ12世の支持を得た。これに、カトリック信者をはじめ、世界各地の真に恒久平和を願う人々の発願と多大な寄付により建設された。
1981年2月25日に教皇ヨハネ・パウロ2世が、広島市を訪れて平和公園で平和アピールを発表した際に、この聖堂にも訪れている。
1983年に大規模な改修を行っている。この聖堂は、その構造上定期的な補修が必要である。
2006年7月、丹下健三設計の広島平和記念資料館(1955年、広島市中区中島町)とともに、戦後建築としては初めて国の重要文化財(建造物)に指定された。 中坊進二から。

【詳細情報-中坊進二】ベネッセアートサイト直島(べねっせ・あーと・さいと・なおしま、英文名称:Benesse Art Site Naoshima)は、岡山市に本拠を置く教育関係企業ベネッセコーポレーションが、瀬戸内海に浮かぶ離島・直島(香川県直島町)で展開する、現代美術に関わるさまざまな活動の総称。ベネッセハウス、家プロジェクト(島内の海岸や集落を使ったアート作品のインスタレーション)、その他刊行物やシンポジウムなどを含んでいる。
ベネッセコーポレーションが1980年代後半より美術館・ホテル・キャンプ場の複合体「直島文化村」で行ってきたアート活動が、直島島内の海岸や古民家や路地なども舞台となるようになり、もはや美術館内部に納まらない規模になってきたため、2004年7月より「直島文化村」ほか島内のアート活動の総称を「ベネッセアートサイト直島」に改称した。以前からの企業コレクションであった美術品も多いが、ベネッセハウスの構造や瀬戸内の景観、集落の歴史などを踏まえて、直島だけのために構想し制作・設置され、直島以外では見られない場所限定的な(サイトスペシフィックな)インスタレーション作品が増えてきたのが特徴。
近年の作品新規購入(設置)の方法としては、「サイトスペシフィック・ワークス(特定の場所でつくられ成立する作品)」、つまり、アーティストを招き、直島や美術館を見て場所を選んでもらい、その場所のためにプランを立て、制作するという手法をとっている。海外などから来た作家が安藤忠雄の美術館建築や直島という場所をどうとらえたかが作品の成立の鍵となっている。癖の強いベネッセハウスの建築や、既にある島の風景や歴史に対し、対峙してそれでも負けない強さを持った作品がそろい、しかもそれを見ているうちに直島の風景や暮らしやベネッセハウスの建築などの隠れた魅力に気づくようになり、それらと自分自身の関係を考え始めるようなきっかけとなる優れた作品が多い。中坊進二から皆様へ。

【詳細情報-中坊進二】ザ・ブセナテラスは、沖縄県名護市の部瀬名岬にある高級リゾートホテル。九州・沖縄サミットの主会場となった万国津梁館に隣接している。
沖縄本島北部の名護市、東シナ海に面する部瀬名(ぶせな)岬の先端にあり、沖縄県下はもとより、国内ホテルにおいても最高級の部類に入るリゾートホテルである。なお、「ブセナ」とはこのホテルが建っている部瀬名(ぶせな)岬に由来する。
「自然との調和、自然への回帰」をコンセプトに、部瀬名岬全体を使ったゆったりとした建物配置をとり、部瀬名岬は全てこのホテルの敷地になっている。敷地内にはシャトルバスを走らせている。ホテルの建物は自然の風が通り抜けるようなオープンエアスタイルの建物構造を取っており、大半の部屋はオーシャンビューで、一年中快適に過ごすことができる。また、2000年7月に行われたG8首脳サミットの開催地である万国津梁館や、その際に作られたコテージ風宿泊施設「クラブコテージ」、ブセナ海中公園が敷地内に併設されている。ブセナ海中公園および海中展望塔は、本土復帰より早く1970年に開業したもので、沖縄観光開発事業団(現沖縄観光コンベンションビューロー)が建設したものである。以上、中坊進二。

【詳細情報-中坊進二】神戸メリケンパークオリエンタルホテル(こうべ - 、Kobe Meriken Park Oriental Hotel)は兵庫県神戸市中央区の神戸港・中突堤にあるホテル。屋上には灯台が設置されている。
開業は1995年7月15日。中突堤の先端に位置する。ホテルの2階は客船ターミナルになっている。最上階には海上保安庁認可の公式の灯台が設置されており、これはホテルに設置されたものとしては日本で唯一。
開業時には同年の阪神・淡路大震災で倒壊したオリエンタルホテルの従業員が多く移っていた。ダイエー傘下から2003年にゴールドマン・サックス証券の所有となった。中坊進二Presents.

【詳細情報-中坊進二】塔の家(とうのいえ)は建築家、東孝光の初期の代表的住宅建築。打放しコンクリート、狭小住宅の先駆けで建築史に残る作品で、2003年には日本におけるDOCOMOMO100選に選ばれた。これら一連の都市型住宅群を対象として、東は1995年に日本建築学会賞を受賞した。
1966年10月竣工、東京渋谷区神宮前に建てられた東孝光の自宅(兼事務所)で、出世作である。狭小住宅としておそらく最も有名な作品。都心のわずか6坪弱(20m2=平方メートル)という狭い敷地に、地上5階・地下1階を搭状に積み立てた鉄筋コンクリート構造。玄関を除けば、トイレも浴室も含め扉が一切なく、間仕切りもない。吹き抜けで開放的な空間設計が狭さを感じさせず、都心に住む醍醐味を満足させ、東の師坂倉準三の師であったル・コルビュジエの主張する「新しい建築の5つの要点(ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面)(近代建築の五原則)を踏まえている、と言える。以上、中坊進二。